「自分」という小さくて大きな存在

私には、小さい時からよく自分自身に対して問いかけていることがあった。

「自分の大きさって、一体どうやって計るのだろう。
体重じゃなくて、身長じゃなくて、自分という人間の大きさ。」

何か心配事があると、心が縮こまって、自分が小さくなった気がする。
素敵な風景をみて気持ちがゆったりすると、自分が膨らんだ気がする。
身体のサイズは変わっていないのに、どうしてだろう。

自分の大きさって、変わるもの?


そんなことを思っているとき、空を飛ぶチャンスに出会った。
飛行機で富士山くらいの高さまで上がっていって、パラシュートをしょって身体一つで飛び出す。
小さい時からずっとやってみたかったことなのに、いざ飛び出す瞬間になると心臓ばくばく。でも不思議なことに、人間、肝を据えると意外と何でもやってしまうもの。「えいっ!」あれれ、ドキドキするのは飛び出す瞬間だけ。いったん飛行機を飛び出してしまえば、何だ、もう自分の身体で飛んでるじゃない。

気持ちがふっと緩んだところでようやく自分がどこにいるのかを認識。ちょっと、空に浮かんでるじゃない!そして目の前に広がるおっきな空!あまりのスケールの大きさに感動しすぎて、心臓が身体の外まで飛び出してる感じ。いつも上を眺めないと見えない雲も山も遙か下、地平線が遠くに見える。「うわー、地球ってこんな丸いんだ」眼下に広がる地球が、まるでおもちゃの地球儀みたい、手のひらにのっかりそう。重力に引っ張られて落ちているはずなのに、風に支えられているせいでむしろ浮いている感じ。今までの人生では体験したことのない、不思議な浮遊感覚。身体中の細胞が驚きと感動で花開き、心は空いっぱいに広がっている。まるで空中が私で満たされているみたい。たった1分間の空中遊泳なのに、ものすごく長い時間に感じる。ずっとそこに浮いていられるような、夢のような気分。「ポン!」急に速度がゆっくりになった。ああ、インストラクターがパラシュートを開いたんだ。スピードが変わって、ようやく「ああ地上に戻っていくんだ」と我に返る。本当に空を飛んだんだ。なんてスペシャルな体験!


身体がどこにも触れていない。ちょっと非日常的な瞬間。
それなのに、どこか懐かしい感じがするのはどうしてだろう。

とっても大きくて、豊かな香りがして、美しい色をした地球。
そこに、小さな小さな「私」という、1つの点みたいなものが生きている。

小さな小さな点みたいな私なのに、
空を飛んでいる私の心はどんどん膨らんでいって
身体のなかにおさまりきらずに、空中にどんどん広がっていく
私という生き物は地球のサイズに比べたら目に見えない塵みたいなのに、
その中にものすごいエネルギーが収縮されているという感じがする
その中にこそ全ての意思がある、そんな感じがする

こんなに、自分の意思を強く感じたことがあるかな?
こんなに、自分から発せられるエネルギーを強く感じたこと、あるかな?
なんか、これは自分が広がっているだけじゃなくて、
もっと大きな何かと繋がっている感じ。
宇宙に意思があるとしたら、まさに、宇宙と自分が見えない糸で繋がっていて
ものすごく大きなエネルギーになっている、そんな感じ。

あれ?
自分って、身体の中に収まってる部分を指すだけじゃあないんだ。
飛んでみてはじめて、ようやく気がついた
自分という存在は、身体のサイズじゃあ計れない
心は、身体という枠を超えて
どんどん大きくなっていく
気付けば気付くほど、大きくなっていく
育てれば育てるほど、大きくなっていく

なあんだ、そうだったのか
自分ていうのは、もっともっと大きなものだったんだ。
目に見えない部分も、自分の一部なんだ。
自分の大きさというのは、身体のサイズのことじゃあなくて
自分の意識の広がりのことだったんだ。

それが分かったとき、
自分という生き物の可能性が少し見えてきた。
自分の枠を作っているのは自分自身であって、他の誰でもない。
そして自分で作った枠を取り外せるのは、自分だけなんだ。

果てしなく広がる宇宙からみれば、小さな小さな砂粒のような自分。
そんな、目に見えないようなちっちゃなこの身体で空を飛ぶことで、
私は、はじめて「自分」という存在の大きさを身をもって体験した。

 
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